エクソシストも人間ということ



「神田!」
「ユウ!」
 最近読んだ本にも、こんなシチュエーションがあった気がする。一人一人がある人物の名前を叫ぶと
フルネームになる…
 こんなのんきなことを考えてしまうのは現実逃避からか、ユウを見つけたとき、彼はまさにアクマと
ドンパチやっているそのときだったのだ。
 一応戦っているから無事。そこらか生まれる一呼吸。
 さすがに人間は逃げ切っていて、元建物らしい残骸が散らばっていた。たった二人が戦っているだけ
なのに何でこんなに派手に壊れているのだろう?
「お前ら!」
 ユウは気づいて少しこちらを振り返る。
 その隙をアクマは見逃さなかった。
「ガハッ!」
「神田!」
「待つさ、アレン!」
 ぶっ飛ばされたユウの元に駆け寄ろうとするアレンをオレは呼び止めた。まだ情況が良く理解できな
い。どうしてユウはこのアクマが壊せないさ?
「へへ〜ん♪新しいの見っけ」
 そのアクマは方向をオレたちの方に向けて、ゆっくり歩き出した。正面から見るとまるで鎧だ。防御
力が強いアクマなのか?
 イノセンス発動。

 と、そのとき、頭の中を一閃の光がよぎり、目がかすんだ。

「んっ!…何さ?」
 それと同時にアクマがものすごい勢いで突っ込んでくるのが分かる。
 防御が間に合わない。
「ぐあっ!」
「ラビ!このっ!」
 アレンのイノセンスが火を噴く。放たれる何本もの光線。
 さすがのアクマもこの至近距離には堪えたらしく、攻撃を食らいながら数歩下がった。
「ラビ!大丈夫ですか?」
「まぁ…何とか」
 左側から殴られて本当に良かった。すれすれでイノセンスを発動できて、何とかモロにくらうことだ
けは避けられたようだ。
 あの堅い鎧は同時に堅い武器にもなる。打撃系のアクマにユウの六幻が通用しないはずだ。
「オ、オレの…鎧が…」
 アクマは自分を見て嘆いた。確かに数カ所鎧に傷が付いている。アレンのイノセンスは有効のようだ。
さて、オレのは?
「お嘆きのところ失礼!」
 調子コキでも何とでも呼べばいいさ。オレはどうしてもこのアクマが強そうには見えないから、さっ
さと解決して、ユウを連れて帰りたいところ。
 槌を一発横腹にくれてやった。派手な音はしたけど、ちょっと凹んだだけ。
「あれれ〜」
 アクマに睨まれたと思ったら、次の瞬間にはまた大振りの攻撃を食らった。
「弱っちぃな、あいつ」
 そんなアクマの声が聞こえた気がした。
 ひどい目にあった。近くにあった瓦礫に突っ込んで、骨折こそしていないものの、ほぼ全身打撲に近
い。
「お前ら、俺の加勢に来たんじゃなかったのかよ」
 手が目の前に表れ、その持ち主がしゃべった。結構元気そう。
「あちゃ〜ユウに鈍くさいところ見られちゃったさ〜」
「ごちゃごちゃ言う前に早く立て」
 ユウに引き起こしてもらって、オレは現在の情況を理解した。アレンが一人で応戦している。
「ユウ…あのアクマさ、」
「自分の防御の強さに執着したアクマだ。攻撃を跳ね返すことに快感を覚え、防御力を見せつけるため
にあえて一撃で狙ってこねぇ。」
 あぁ、だからこんなくそ長く戦ってたわけね。しかもユウじゃとどめが差せないときた。
 のんきに傍観している場合じゃない。この情況を脱するためには、アレンにドデカいのを一発ぶち込
んでもらわなきゃならない。
「オレたちでやつを引きつけるか」
「チッ!不本意だがそれしかねぇな」
 二手に分かれて挟み撃ち。オレとユウの連係プレイが発揮される。
「アレン、離れて攻撃の準備するさ」
「ラ、ラビ、神田…」
 アレンは数歩下がって攻撃の構えにでた。
「二人同時のくせに全然オレに通じてないじゃん」
 アクマが余裕ぶって言った。ムカつく。お前を壊せなくたって動きを止めるぐらいできるんだよ!
 イノセンス第二解放―火判
「ははっ!こんな火じゃオレは壊せないぜ」
「だって壊すのが目的じゃねぇもん」
 今だ、アレン、・・・とアレンの方を向いた瞬間、絶望が襲った。

 アレンの頭上に巨大な鎌がいきなり表れ、大きく振り下ろされるところだったのだ。
「アレン!」
 気づいたが間に合わない。

 っ!

 血が飛び散った。一目で至死量だと分かる量。
 だが、それはアレンの血ではなかった。

 目を丸くしてただ呆然としゃがみ込んでいるアレンの膝の上に、背中をバッサリ斬られ、うつ伏せに
なって倒れているユウ。

「ユウ!」
 一体、何が起きた!攻撃してきたあの鎌はもうどこにも見えない。誰が?アクマの仲間か?
「か、神田…?」
「あれぇ?お仲間殺られてんじゃん」
 火判をくらいながらも涼しい顔してアクマがしゃべった。
「少し黙ってるさ!」
 オレは槌を最大にして渾身の一撃を振るった。さすがのアクマもぶっ飛ぶ。
「ユウ!アレン!」
 オレは急いでふたりの下に駆け寄る。

「…神田…何してるんですか…?」
 ユウはぐったりしたまま動かない。
「早くどいてくださいよ…重いですよ」
 アレンがユウの肩を揺する。
「ねぇ、神田はこんなことじゃ死なないでしょ?」
「アレン…」

「ねぇ!マテールの時はかすかでもちゃんと息してたじゃないですか!息してくださいよ!ねぇ!」

 アレンはユウの体を大きく揺さぶる。血を流しても美しいその顔に話しかける。
「神田っ!ねぇ、神田っ!」

 だが反応が返ってくることはなかった。
「アレン…アレンやめるさ!」
 オレはアレンの腕をつかんで強引にこっちを向かせた。目には涙が溜まっていて今にも溢れそう。
「た、確かにユウはどんな傷もすぐに治ってしまうかもしれない。致命傷だって生きて帰ってきていた。
でも…でも…今は…」
 言いたくない言葉。認めたくない言葉。
 ブックマンは周りを冷静に見て物事を判断しなければならない。それがオレの使命。
 オレは前にコムイからユウの体のことを聞いたことがあった。どうしてあのときオレに教えてくれた
のか、今になってやっと分かった。

「…限界だってあるに決まってるさ…」

 アレンの凍りついた眼…
 すぐに視線をそらしたが、忘れることなんてできない…

「うわぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁああぁあぁ…っ!」

 破壊音がした気がした…
「アレ…」
 オレが言葉にする前にアレンのイノセンスは発動し、周りにあるモノすべてを木っ端微塵する勢いで
撃ちまくった。
「や、やめるさ、アレン!」
「神田っ!神田っ!」
 止めようとしても止まらない。暴走と破壊。
「待つさ!冷静になれ!今倒すべきはあのアクマさ!」
 瓦礫の中から起きあがったアクマを指さす。
 その瞬間、アレンの動きが止まる。

「アクマ…そう、アクマが悪いんですよね…あはは…あはははは…」

 気味が悪くなった。これはアレンじゃない!
 そして、その笑いが止まった瞬間、アレンの額のペンタクルがすさまじい光を放った。
「うわっ!」
 すくっと立ち上がり、禍々しいオーラを放ちながらアクマの方にゆっくり歩いて行くアレン。眼は完
全に座っていた。
「アレン!」
 何がなんだか分からない。ただ嫌なことが起きる、それだけは分かった。
 瞬きをしていたつもりはなかった。それはあまりにも一瞬で、目でとらえきれなかったんだ。
「ぎゃぁぁあぁぁぁあぁぁっ!」
 気色悪い悲鳴を上げて、あのアクマが消し飛んだのは見えた。
 アレン?
 近くを歩いていたはずのアレンがいつの間にか遠くにいる。ゆっくりこちらを振り返り、色を失った目
でじっと見られた。
「どうして神田が…神田が!」
 ペンタクルのどす黒い光が急に近くなったと思ったら、アレンはオレの目の前にいた。反射的に持って
いた槌を体の前に構える。
 それは当たりだった。アレンはイノセンスでオレに斬りかかってきていたのだから。
「アレン!何するさ?」
 それから幾度となく斬りつけられる。オレは反撃するわけにいかない。
「神田ぁ!神田が…!」
 泣きながらユウの名前ばかり呼んで、オレの話を聞こうとしない。いつものアレンじゃない。違うのは、
そう、額のペンタクルの輝き!そこから嫌な感じか伝わってくる。
「アレン、やめるさ!アクマは倒したさ」
「神田のいない世界なんて全部破壊し尽くしてやる!」
 普段の性格からは想像もつかないような言葉。まるで呪いに支配されているような…
「そうだ…」
 急にアレンの暴走が止まった。それでもケタケタおかしな笑い方をしている。アクマみたいに…

「ラビ、君がアクマになってください。神田の魂を呼んでください」

「――…」
 言葉にならなかった。一体こいつは今何を言った?オレが?ユウを?こいつはまた平気で過ちを犯そう
というのか?

 頭が狂ってやがる…

 オレは無意識に槌でアレンを殴っていた。
 !
 一瞬自分のしたことに手が震え、急いで抱き起こす。
「アレン!」
 息はある。だがオレが殴ってしまったのはちょうど頭。
死ななかったのが奇跡に近い。このまま意識が戻らなかったりしたら…
 いや、戻らない方が良いのかもしれない。もうユウはいない。意識を取り戻すと同時に正気に戻るとは
限らないし、正気に戻ってもアレンがつらいだけだ…
「そいつも死んじまったのか?」
 どこからともなく声がした。上?
「たった一人殺しただけなのに意外な展開…」
 見上げると空の高い位置に一体のアクマがいた。暗くてはっきりは見えないが、デカい鎌を持っている。
 アイツだ!
 オレは槌を構えた。
「お前!よくも!」
「残るはお前だけだ」
 アクマの表情なんてはっきり見えないのに、そいつがニタリと笑ったのだけははっきり分かった。あぁ
嫌だ。今の機嫌は最高に悪い。
「大槌、小槌、伸!」
 上空にいるそいつめがけてイノセンスを振りかざす。
さすがに驚いて地面に落下した。
「くそ…伸びるなんて…」
 アクマが起きあがろうとするところで、オレは真上からイノセンスを向けた。
「お前が悪いんさ。不意打ちなんかするから。後悔するさ!」
 火判!
 弱いやつだった。こんなやつにこれだけ情況悪くされたのかと思うと、無性に腹が立つ。
 後に残ったのは血だらけのユウと、コワれてしまったアレン。
 急に体に力が入らなくなって、その場に倒れ込む。
「ユウ…本当に死んじゃったんさ?オレ、どうすればいいさ…?」
 必死に手を伸ばしてユウを掴もうとするけど、もちろん届くはずがない。
「もう…何もできないさ…」
 涙が溢れてきた。自分への不甲斐なさ、後悔、今後の報告…
 このままここで死んでしまっても良い…
 絶望の中で思ったことはこれだけだった。




                          3に続く。