エクソシストも人間ということ



「死んじゃうんですカ?V」

 突然聞こえてきたこの男の声は何なのだろう…もう振り向く気力もない。
「我輩が甦らせてあげましょうカ?ウフフV」
 その言葉にオレの後ろから話しかけてきたのが誰なのか分かった。

 千年伯爵!

 話に聞いているだけで、生で見たことはなかった。甦らせる…つまりアクマにするってことだ。そう…
アクマに…
「なーんてこと、エクソシストに言ってもムダでしょうけどネV」
 オレ達はエクソシストなんだから、アクマにするってことがどういうことかはっきり理解しているハズ
だ。アクマの作り方、アクマのその後、そしてアレンの目を通して見た、内蔵された魂。
 今、オレのすぐそばにいるのは倒すべき敵である千年伯爵。倒すべき…
「ア、アレン…起きるさ…伯爵さ…」
 アレンはユウをアクマにしろと言った。それほどユウが好きなんさ。見ていて分かる。誰よりもユウを
大切に思っていた。
「アレン・ウォーカーは死んでしまったんでショ?Vそしてあなたも死ぬんでショ?V面白いかと思って来
てみましたけど、期待はずれでしタV我輩は帰るとしまスV」
「ま…待て…」
「なんですカ?V」

「ユウを…甦らせてくれ…」

 バカなことを頼んだもんだ。エクソシストとして最低。それでも、オレはもう一度ユウをアレンに合わ
せたかった。どんなカタチでも良いから。
「ウフフフフフフV本当に良いんですカ?V怒られちゃいますヨ?V」
「構うもんか。どーせ教団に帰ってもオレは…」
「それは良い覚悟ですネV」
「アレン、ユウにあえるさ。今からオレがユウを呼ぶから…」
 力を振り絞って、オレはユウの下まで這って行った。

「あれェ?V本当にそれが彼を甦らせる理由ですカ?V」

 一瞬ドキッとした。本当の理由…
 そうだ、本当はこんな優しい理由じゃない。こんなキレイな理由じゃない。
 本当は…オレからユウを奪った、アレンへの嫌がらせだ!
 オレだってユウが好きだったさ。知らないうちに大切な人になっていた。それなのに付き合い出したり
するから、関係がぎくしゃくし出したんさ!本当は耐えられなかった…二人を見てニコニコ笑っている自
分が許せなかった…
「ハハハ…伯爵、アンタ鋭いさ」
「人を見る目はあるんですヨVそれでは、この魔導式ボディに…」
 エクソシストとしてだけでなく、人間としても最低。こんなんじゃ、ユウに怒られ、アレンに嫌われる。
でも、それでも良い…
 オレは両手を高く天に向けた。

「ユウ…帰ってくるさ…」





 頭が痛い…
 堅いモノで思いっきり殴られた感じ。しかも、前後の記憶が全然ない。何があったんだっけ?
「…レン…アレン…」
 誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。
 誰?その声は…
「アレン!」
「ラビ!」
 僕は飛び起きた。いつものラビの声だ。
「大丈夫?」
「え、えぇ。ラビこそ…」
 続けようとして僕は言葉を失った。僕を起こしてくれたのは確かにラビだったけど、僕の左目が捕らえ
たのはアクマに内蔵された魂。

「…か、神田…?」

 ニコニコしていたラビの表情が止まる。そしてみるみるアクマの顔へと変化していった。
「ま…まさか、ラビは…」

「アァ、ヤッパリスグ、モヤシニハバレチマウンダナ。ソノ呪イノセイデ…」

 そう言われて、さっきまであったことのすべてを思い出した。神田が斬られたこと、ショックのあまり
取り乱し、額のペンタクルの力で暴走し、それを押さえられなかったこと、そしてラビを襲い、神田をア
クマにしてと頼んだこと…
「っ…」
 放心状態の一歩手前に近かった。自分はなんてことをしたんだろう。もう二度とこんなことは起きない
ように誓ったはずなのに…
 これが呪いの力…?
「本当に…神田…?」
「チッ!再会ヲ喜ンデナンカイランネェナ。オレハアクマダカラ、オ前ヲ殺ス」
 と言うなり、彼はレベル1のアクマの姿に変わった。
 その言葉遣いといい、気に入らないことがあるとスグ舌打ちすることといい、やっぱりこれは…
「神…」
 アクマは容赦なく僕に攻撃してくる。
 イノセンス発動!
 アクマの毒は僕には効かない。イノセンスはアクマを壊すためのモノ。
 でも、今はそれが憎らしく思える。神田を助けなきゃ…でも、戦うぐらいならいっそ死んでしまいたい…
「神田!やめてください!あなたはエクソシストでしょ?何でこんなこと…」
「ソンナコト、モウ関係ナインダ。アクマニナッテシマッタ以上、コレシカデキナイ…」
 攻撃を防ぐので精一杯。反撃しようにも、手が動かない。でも、神田は本気で僕を殺そうとしている。
 僕はまた、大切な人を…

「モヤシ…」
「え…?」
「タスケテ…」
 突然攻撃の手が止み、神田はラビの姿に戻っていた。
「…神田…?」

「壊してくれ…」

 っ!
 言われた瞬間、左目に激しい痛みが襲う。

「痛っ!」

 マナと同じ言葉…マナと同じ情況…マナと同じ…

「か、神田…」
 涙が溢れて止まらなかった。
「モヤシ…早ク…モウ、自分ガ止メラレナイ」
 嫌だ。できない。そんなことしたくない。
「…僕は…」

 それでも、僕はエクソシストで、目の前にいるのはアクマ。取るべき道は一つしかない。

 十字架ノ墓(クロスグレイブ)

「うあぁぁぁあぁぁぁあぁぁああぁあぁぁぁぁぁっ!」

 そしてまた、僕はこの手で一番大切な人を壊すんだ…





「お前らいい加減起きろっ!」
 耳元でデカい声で叫ばれた。その声は…
「ユウ…」
 六幻を手に持ち、機嫌悪そうにユウはオレ達をにらみつけた。
「ユウ、死んだんじゃ…」
「あぁ?何寝ぼけたこと言ってんだ?俺が死ぬかよ。お前らこそ、来てすぐ突然ぼーっと突っ立ちやがっ
て!戦う気あるのかよ?」
 何のことだか全然分からない。来てスグ…?
 オレとアレンはきょとんとした顔でユウを見つめた。あれは夢だったのか、幻想だったのか。
「あれは…夢?」
 アレンが首をかしげて考え込む。
「ほら、来るぞ!俺の六幻はアイツに効かねぇんだ。倒すの手伝え」
「分かってますよ、そんなこと」
 オレ達もイノセンスを発動する。
 …一体何がどうなってこうなったのか分からない。ユウは目の前にいて、アレンが倒したはずのアクマ
が向こうでゆっくり起きあがるのが見える。
 そういえば、夢の中には上空にアクマがもう一体いたっけ。しかも、どんな能力を持っていたのかは不
明だ。もし現実にもそいつがいるとしたら…
 オレは空を見上げた。星空の広がる広い空間の中に、確かにそれはいたのだ。
 伸!
「ラビ?」
 振り返ったアレンの目の前に、それは落っこちた。
「うわっ!ちょっと危ないじゃないですか!」
「アレン、それが元凶さ。そいつがオレ達に幻術みたいなものをかけてたんさ」
「えっ?」
「さて、覚悟はいいさ?」
 アクマは持っていた大降りの鎌を構える。
「あっちのアクマはアレン、お前じゃないと倒せないさ。任せた」
「ちょ、ちょっと…分かりましたよ」
 アレンはこちらに背を向け、ユウの方へ走り出した。
「ずいぶんエグい夢だったさ。ここ来てすぐ、頭ン中に光が走って、目がかすんだことがあった。術をか
けたのはその時だな」
「よくぞ見破ったな」
「夢の中に自分を登場させるのが悪いさ。その借りはきっちり返したいと思います」
 本当に嫌な夢だった。仲間を裏切り、神を裏切り…夢とはいえ、かなり鮮明に覚えている。
 アレンの後ろ姿を見ながら、オレも戦闘態勢に入る。
「あのまま夢の中にいれば楽に死ねたものを」
 あの夢の続きをオレは知らない。アレンはちゃんとアクマを倒したのだろうか?



「どこ見てんだよ!」
「あ、す、すみません。ちょっとラビが気になって…」
「あっちはあっちですぐに片づくだろ。それよりこっちだ。お前の力がカギなんだからな」
「分かってますよ。…ねぇ、神田?」
 アレンもオレと同じ夢を見たのだろうか?
「あぁ?」
 そうでないことを切に願う
「神田は死にませんよね?」
 まったくもってすべて夢であって欲しい。
「…あぁ、死なねぇよ」
 オレにはあの光景を繰り返さないという自信はない。



 オレは思うさ。伯爵の言葉は、愛する者を失った人にとって、とても甘美に聞こえると…




                                end




 この話は約半年ほど温めたものです。
 つまり、「愛しき者へレクイエム」よりも古いのです。
 あるサークルさんの影響を受けまくっているのですが、自分ではかなり満足しています。
 相変わらず私の書く小説はラビが痛い子ですね。
 途中、誰をアクマにするか、誰を壊すかでずいぶん悩んだことを覚えています。
 最終的にこんな結果に終わりましたが、ラビが神田を好きというシチュエーションは悔いの残る設定です。
 でも、そうしないと話が繋がらない…
 本編のアクマ創造までの仕組みをこれほど考えることはもうないでしょう。
 本編の赤ちゃんがアクマであることはほとんどあり得ないんですよね〜
 だって、ちゃんとしゃべれないとダメですもん。
 それから、アクマ創造の過程で、魂と肉体となる人間同士が相思相愛じゃないといけないんですよね。
 この点はこの小説の問題点でもあります。
 まぁ、神田もそこそこラビが好きだったってことで、ひとつ納得していただけるとありがたいです。
 ちなみに、この話はアレ神なのか神アレなのかはっきりしませんが、私もはっきりさせようとしていないので、
 御勝手な解釈で大丈夫です。
 書いた本人はアレ神よりの考え方で書いています。
 長いものお読みいただきありがとうございました。