愛しき者へレクイエム




「あれから、一年ね…」
 オレとリナリーは殉職した者達が祭られている祭壇に来ていた。
「いろいろあったけど、早かったさ」
 ここにはアイツが眠る。でもユウはそれを知らない。
「今でも、気がつくと隣りにいるんじゃないかって思うわ。一緒にいた時間なんてごく短い期間だっ
たのに…」
 内容の濃い一年だった。やっている事は単調なのに、随分頭を悩まされたものだ。いつまで経って
もオレの嘘を信じ続けるから。
 しばらくオレたちはその祭壇を見上げていた。ユウには内緒の「墓参り」だ。
「どうして…こんなことになっちゃったんだろうね…」
 リナリーが呟くのが聞こえた。
「…」

「いつまで神田は待てば良いの?もう一生帰って来ないのに…」

 リナリーの憂いを帯びた眼がオレに向けられた。今にも泣き出しそうな眼。
 ユウは今日も待っている。オレの、オレ達の嘘を信じて。

「これじゃ、神田が可哀想よ…」

 頬に涙がこぼれたかと思うと、細くしなやかな指が顔を隠した。今度限界を迎えたのはリナリーだ
った。
 オレは腕の中にリナリーを包み込む。アイツほどのフェミじゃないが、女の子が泣くのは耐えられ
ない。
「リナリー…」
 オレ達はよく戦った。淡々と進む教団内の葬式。年が近かったせいか仲がよかったし、友を亡くし
た悲しみは深いものだ。「放心状態」それがその時のオレ達を表すのに一番合った言葉だろう。あの
日もリナリーは泣いていたし、オレだって人目を忍ばず涙を見せた。どこにも見当たらないユウを探
し回ると、生気の抜けた顔で突っ立ちながら空を見上げているのを見つけた。

 壊れてしまっていた。

 オレ達二人は自分の悲しみを振り払ってユウに尽くした。今の状況はあの時に比べれば遥かに改善
されている。ユウは元気になったし、戦いも終焉に近付いている。だが…

「オレがあの時、あんな事言わなければ…」

 今更後悔したって遅いのは分かっている。だけど…
「やっぱりユウに真実を言おう。もう、嘘はつき通せないさ…」
「ラビ…でも、どうやって…また…また神田が壊れてしまうの、私は嫌よ!」
 目を真っ赤に染めて訴えるリナリー。言っていることは矛盾しているが、その気持ちは痛いほど分
かる。
「とりあえず、ユウを探そう」





 ユウは自分の部屋にいた。
 どことなく部屋の空気は重い。
 ベッドに突っ伏しているユウにオレは声をかける。
「ユウ?」
「あぁ?」
 顔を枕に埋めたまま、不機嫌そうな返事が返ってきた。
「ちょっと来て欲しいところがあるんさ」
 単刀直入にそれだけ言うと、ユウの顔がゆっくりこちらに向けられるのが見える。だが、それもす
ぐ、漆黒の黒髪に変わった。
「嫌だ。どこにも行きたくねぇ」
 予想はしていた言葉。だが、落ち着いてはっきり反論されるとは思っていなかった。
「お願いだからさ〜」
「嫌だ。動きたくない」
 このわがままに、精神的に参っていたオレは我慢できなかった。
「来るって言ったら来るさ!」
 ユウを無理矢理起こし、足早に祭壇のある部屋に向かう。
「ラ、ラビ!離せ!」
 腕をぐいぐい引っ張られて、前にのめり込みながらユウは歩いていた。オレの後ろで文句を言って
いる。
 目的の場所が近づいてくると、突然ユウの反応が変わる。
「や、嫌だ!あそこには行きたくない!やめろ、離せ!」
 あからさまな拒絶反応。だからってオレが腕を放すわけがない。
「今日は嫌だ!行きたくない!」
 おかしな反応を見せるユウ。それまで以上の抵抗を見せる。

「ラビ、神田…」
 入口のすぐ脇のイスにリナリーは座っていた。涙こそ止まったが、目はまだ腫れていた。
「リ、リナリー…」
 彼女の顔を見て声を出したのはユウ。それでもオレの力に引っ張られて前に進むしかなかった。
「ユウ…」
「痛ぇんだよ。離せ」
 目的の場所に着いて、ようやくオレは手を離した。と言うより、少し力を抜いたら振り解かれた。
「ここは不愉快だ。帰る」
 そう言って方向を変えるユウを、リナリーが止めた。
「待って…私たちの話を聞いて…」
 リナリーに逆らえないユウは足を止める。
「俺はここにいたくない。話があるなら他の…」

「ここにいると思い出すんだろ?」

「ラビ…」
「ここにはアイツが眠ってる。今までオレの嘘のせいにして忘れてたことを、思い出すんだろ!」
 啖呵を切ったところまでは良かった。だが、言われた本人はなんのことかと、困惑した顔をした。
「何訳のわかんねぇことを…」

「思い出すさ!ユウはオレ達と一緒に見たはずさ!アイツが…アレンがオレ達をかばって死ぬところ
を!」

 アイツはオレ達3人をアクマからかばって死んだ。ほとんど一瞬だった。同時にアクマは倒され、
その場にはオレ達3人が呆然と立ちつくしているのみだった。

「ごめんなさい、ラビ、リナリー。…神田、大好きですよ…」

 これがアイツの最期の言葉。振り返らずに言った言葉。最後に見た背中をオレ達は一生忘れないだ
ろう。

「…っ!」
 言われてすぐ、ユウの目から大粒の涙が溢れた。

「バカな冗談はよせ。どうせ俺をからかおうとしてるんだろ。そんな手はもう…」
「分かってるんだろ?もういくら待ってもアイツは帰ってこないことを。知ってたんだろ、ユウ…」
 問い詰めて、問い詰めて、俺は必死に思い出させようとした。ユウはきっと知っている。さっきの
抵抗、そして今の涙がその証拠だ。知っているからこそ、現実を見なきゃ行けないからこそ、ユウの
目から涙はこぼれたのだ。
「神田…ねぇ思い出して。いつまでも勝手な思いこみに囚われちゃダメよ!現実に向き合わなきゃ…」
「チッ!うるさい!」
 と言うと、ユウは駆けてどこかに行こうとする。
「神田!」
「オレが追う」
 ユウの後を追い始めたオレが横目で見たものは、泣き崩れるリナリーだった。





「ユウ!」
 オレはまたユウの腕を捕る。
「っ!」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔を悔しそうに歪めて、ユウは振り返った。こんな時でも、ユウの美人
顔を一層引き立たせていた。
「いきなりつらいこと言ってごめん、ユウ。でもオレ達、お前にちゃんと真実を分かって欲しかった
んだ…」
「…」
「…ユウ…?」
 唇をかみしめ、黙って涙を流すユウがいた。
 そう言えば、アレンが死んだときも、葬儀の時も、ましてこの一年、ユウが泣くことなどなかった。
死んだような目をして宙を彷徨う。

 オレはユウを引き寄せ、優しく抱きしめた。
「よしよし、よく頑張ったさ。偉かったさ」
 頭をなでてやると、ユウはオレの胸にギュッと顔を押しつけた。

 ユウはずっと苦しんでいた。オレ達が想像もつかないほど。自分の中で消化しようとして、それで
もできなくて、現実から目を背け、真実を忘れようとした。
 嗚咽混じりの苦しい泣き声が、オレの胸の中から聞こえ続けた。

 緩んだネジをさらに緩めてしまって、オレはまた、きつく締め直してやることはできるのだろうか。





 オレ達はいつか死ぬ。それが遅いか早いかだ。


                                        END







あとがき
 この話はぶっちゃけ、マインスイーパーをやりながら5分で考えたものでした。
  つーかキャラのセリフが後から後から口をついて出てくるから…
 「神田は人形になった」と言う言葉を思いついた瞬間、神懸かり的に広がりまして。
 即小説化決定。人生最速3日で書き上がりました。
 まぁ、大した内容じゃないし、アレ神のくせにアレンはほとんど出てこないし、
 挙げ句、ラビの一人称で話は進むし…私はラビを痛めつけるのが好きらしい…(ぇ)描きやすいんです。
 解説といたしまして、アレンが死んで、悲しみのあまりおかしくなってしまった神田と、
 その周りでおどおどするラビとリナリー。
 死ネタ嫌いな方には最悪な内容ですね。
 最初っからアレン死んでますもん。
 最後に神田を殺そうかどうかかなり迷って、結局曖昧にラビに閉めていただきました。
 個人的にはあの後神田は教団の崖から投身自殺すると思います。
 キリスト教なのに…(たぶん)
 相変わらず痛い愛が好きです。