欲望 〜アレン・ウォーカー



 僕がいたのは談話室。
 といっても夜遅すぎるせいで誰もいない。本当は食堂に夜食をあさりに行ったんだけど、ジェリーさんが厳重に鍵を
閉めていて無理だった。
 ここに来たのは部屋の前を通ったから。
「あーあ。おなか空いた…」
 最近は食べることに困らないことが多くなったから、空腹に対して甘くなっている。前はこのくらい我慢できたのに。
 誰もいないと思ったからつぶやいた独り言だった。だって時間が時間だし、まさか人がいるなんて思わないでしょ。

「うっせーな、誰だよ…」

 柄の悪い口調。少し離れたソファの上に起きあがった黒髪。教団広しと言えど、該当するのは一人しかいない。
「神…田…?」
 彼は不機嫌そうな目線を僕に向ける。どー見たって彼の寝起きは最悪そう。誰かに起こされるなんてもっての他。
「…チッ…」
 あぁ、下手すると殺されそう…。早くここを出なくちゃ。
 でもそう思っても、足が動かない。僕の目は彼を食い入るように見つめていた。
 神様は不公平だ。彼の容姿はキレイすぎる。でも、その代わり性格は破綻してるけど。
「オイ…何だよ、モヤシ」
 その声がやたら近くから聞こえた。びっくりして我に返ると、いつの間にか僕は神田のすぐそばまで歩いてきている
ことに気がつく。
「うわっ!」
 思わず声に出して驚いてしまった。
「はぁ?」
 あきれたような、ムカついたような息を漏らしたのは神田。
 いつキレられるのかという恐怖といつの間に体が動いていたのかという疑問に、僕の頭は多少混乱した。
「あはははは…な、何ですか、神田?」
 今の僕にはこう切り出すのが精一杯だった。だから彼の怒りをさらに買ってしまうんだ。
「『何でしょう?』はこっちのセリフだ、ボケモヤシ!」
「なっ…」
 反論したかったけど、全く情況の分かっていない僕には無理だった。だって無意識だったんだから。『神田に見とれ
ていた』それがきっと一番的確な表現なんだろうけど、まさかこんなこと口が裂けても言えない。
「…何してんだよ、こんなところで」
 神田が大きくため息を吐いてから言った。少し僕の混乱を理解してくれたようだが、相変わらず視線は厳しい。 怖
がることはないんだ。正直に話して切り抜ければいい!
「あ、あの…おなか空いちゃって…でも、食堂鍵がかかってたんですよ。それで歩き回ってたらここに…」
 彼は僕をあまりにもまっすぐな目で見ながら話を聞く。緊張しちゃうじゃないですか。
 でも、それとはまたちょっと違うドキドキ感もあった。変な感じがする。
「……」
 何も言わずに神田は元の向きに直った。興味ないって感じに。
「神田はどーしてここにいるんですか?」
 素朴な疑問だった。この受け答えが済めば、僕は安全に自分の部屋に戻れる。一番簡単な逃げ道…のはずだったのに、
神田は過剰反応する。

「う、うるせぇ!お前には関係ないだろ!」

「神田…?」
「黙れ!」
 プイッとそっぽを向いた神田の耳が真っ赤だった。こんな反応見せたのは初めてだったから、なんだが興味が沸いて
くる。もっとイジメたいかも。
「教えてくださいよ〜」
「だからっ!…」
 神田とバチッと目が合って、またすぐ反らされた。顔まで赤くなっている。

 カワイイ…

 一度でもそんな風に感じた自分にびっくりする。でもこの情況はかなり楽しい。
「神田〜」
「うるせぇ!帰る!」
 そう言って勢いよく立ち上がったけれど、彼は一瞬何かをためらった。
「フンっ」
 踏ん切りをつけて入口の方へ歩き出す。
「ま、待ってくださいよ」
「ついて来るな!」
 さっきまで逃げ出したかったのが嘘のように、今は彼を構いたい。変なカンジ。





「お前も自分の部屋に帰れ!」
「そんなこと言ったって、僕の部屋もこっちなんですから〜」
 説得力のないこの言葉を何回言ったことだろう。だって、さっきから同じところをぐるぐる回っているだけだから。
僕をそんなに振り切りたいのか。でもそう簡単に諦めるもんか。せっかくおもしろいモノを見つけたんだから♪
 突然神田の足が止まった。
「神田?」
 ドスッ!
 勢いよく僕は近くの壁に背中を押しつけられ、のど元を腕で押さえ込まれた。
「付いて来るな、帰れ」
 鋭い眼光での最後の忠告。この手のことに関して彼に及ぶ眼力の持ち主はいないだろう。さすがにこれでは悪ふざけ
ももうできない。
 神田は僕を解放して、すたすたと歩いて行ってしまった。
 どうも釈然としない。彼のあの過剰反応は一体何だったのか。やっぱりどうしても気になるから、彼に気づかれない
ようにそっと後をつけることにした。

 何と言うこともなく、彼はすんなり自分の部屋に入っていく。ドアが閉まり、鍵のかかる音がしたところで、僕は彼
の部屋の前に立った。
 特に何が起こっているわけではない。収穫なし。ここまで来たのも無駄足だったみたいだ。
「…ふぅ…」
 一息ついて、帰ろうとした時、

「ちょっと、まだやるのかよ?」
「あたりまえだろ、久々なんだから」

 神田の隣の部屋から男の人の声が二人聞こえた。誰だか知らない人の声。
「一回休ませろよ。さすがに連続は…」
「こっちは溜まってるんだ。我慢なんてできねぇよ!」
「ちょ、あっ…」
 もしかして、これはもしかするのだろうか。確かにこの教団は大半が男で女性はほとんどいない。溜まったモノをど
こに吐き出すのかは限られている。こんなことが起こっていても不思議じゃないことは分かっていたけど、実際そんな
場面に出くわすなんて…

 ドン!

 いきなり神田の部屋から何かが倒れるような物音がした。
「か、神田?どうしたんですか?大丈夫ですか?」
 僕はドアを叩きながら叫んだ。でも返答はない。
「何?今の物音?しかも、神田って…」
「隣の部屋なんだろ。ほっとけよ」
「ツッ…いきなりかよ!って…」
「黙れよ…」
 隣の部屋から聞こえてくる会話とイヤらしい声。
 そういえば、コムリンの事件で建物が壊されたとき、この辺りは空き部屋ばかりだったからとりあえずの応急処置を
しただけで、その後ちゃんとした修理をしていなかったことを思い出した。壁が薄いのだ。だから今みたいにちょっと
したことがだだ漏れ。
 もしかして、今日神田の様子がおかしいのはこのせい?神田ってそんなに免疫ないの?そう考えると笑いがこみ上げ
てくる。それをこらえて、僕はドアをゆっくりノックした。
「神田…ついて来てごめんなさい。大丈夫ですか?開けてくださいよ」
 大方、中の神田の様子は分かる。平たく言えば腰を抜かしているのだろう。とりあえず声は掛けてみたが、やはり返
答はない。
 こんなことで動揺しちゃって、カワイイところもあるんだな〜
 そんなことを考えていたときだった。ガチャッと音がして神田が姿を現したのだ。
「か、神…」
 まさかドアが開くなんて思ってなかったから、自分から呼びかけておいて目を丸くすることしかできなかった。
「来い」
 それだけ言うと、僕の腕をつかんでぐいっと引っ張り、どんどん歩いて行ってしまう。
「ちょ、ちょっと…」





 着いたところは談話室。
 歩いている間中、神田はずっとうつむいて、僕に顔を見せようとしなかった。どうしたのかはわからないけれど、そ
れがとてもカワイく思えた。
 カワイく?今日の僕は変だ…。
「あの…神田…痛いんですけど」
「…ッツ!チッ!」
 僕の腕は乱暴に放られた。
「いたっ!神田!」
 僕を無視して彼はさっさとソファに座る。明らかな不機嫌。でもいつもと怒っている感じが違うのはなぜだろう。テ
レてる?
「隣いいですか?」
「だめだ。向こう行け」
 勝手につれてきて、なんて勝手な言い分。だから返事に反して僕は隣に座る。
「隣の部屋って空き部屋でしたよね?」
 その言葉を聞いて、彼は体ごとびっくっと反応した。この機を逃していつこの人をからかえるだろう。
「でも誰か、いましたよね?」
 意地の悪い言い方だと自分でも思う。
「うるせぇな。それがどうした」
 動揺を隠そうとしているところがまたカワイイ。
「素直じゃないんですね」

 そう、今夜は何かが変だ。

「………」
 どうしてこんなに神田を構いたくなるんだろう。
 彼の方をちらっと見る。向こうを向いていて顔は見えない。でも高く結んだ髪が肩に掛かってキレイ。首筋もソファ
についた手も。

「神田…食べたいかも…」

 はっ?
 言った本人も言われた本人も目を大きく見開いて見つめ合った。みるみる神田の顔に怒りが表れる。
「お前っ!…」
 僕は急いで神田の口をふさいだ。
「ちょ、ちょっと深夜なんですから大声出さないでくだ…」
 僕は途中で言葉が切れてしまった。やや赤みがかった顔、いつもらしからぬとまどった瞳、テレがかった態度。

 僕の中で何かが吹っ切れた気がした。

 ドサッ!
「モ、モヤシ!」
「だから大声出さないでって言ったじゃないですか。こんな状態で誰かが来ても良いんですか?」
 こんな状態とは神田が仰向けになって僕を見上げ、僕が上から覆い被さって見下ろしている状態のこと。
「そう言うならそこをどけ!」
「それって神田の本心ですか?」
 くすくす笑いながら聞く。今日は本当に意地が悪い。だって僕を見上げる神田があまりにもカワイイから。
「知ってるんですよ。隣の部屋からの声聞いて、どうしようもなくなっちゃったんでしょ?神田ってそういうの疎そう
ですもんね」
「ハッ!訳わかんねぇこと言ってないで、そこをどけ!」
 神田は僕をはねのけようとする。そんなことはさせない。

 発動。

「…ツ…お前!こんなことして…」
「だって神田溜まってるんでしょ。誰だって隣であんなことされたらそんな気になりますよ。ここは男ばかりだし」
 神田は顔が真っ赤だ。思いっきり視線をそらした顔がカワイイ。反論はない。
 だから僕は彼を好きにすることにした。






 体を重ねるのって案外簡単にできるモノだ。
 今日の僕は神田がカワイくて仕方がない。端から見たらかなりサディスティックな態度だけど、改めるつもりもない。
むしろ人をいじめ抜くのに快感を覚える。
 真っ赤になった顔も、汗ばんだ肌も、溢れる涙も何もかもがキレイに思えた。彼は何でも似合ってしまう。苦痛にゆ
がむ顔でさえ心地よい。
 時々聞こえる反発の声も、僕にとってはうれしい叫び。
 神田ってきっと、こんなことされたの初めてなんじゃないかな?
 いろいろなことを考えるだけで、自然とおかしさがこみ上げる。
 気に入らないとすれば、声を殺そうと我慢して、まだ抵抗の色が伺える視線を僕に向けること。
 逆効果なのにね。
 ほら、神田だって快感を押さえられないじゃない。
 そして僕は、この意味のない行為を繰り返すんだ。






 僕は一息ついて、発動したままの左腕を解除する。
 僕の腕をつかんでいた神田の手が、支えをなくしてだらんと落ちた。
 そんなことは気にしないのか、僕の前には相変わらず息荒く横たわる神田がいた。これは予想外。すぐに逃げ出すと
思っていたのに。
「神田…?」
 うっすら残る神田の涙跡。その赤い瞳で僕をにらみつける。
 でもそれが怖いと思わなかった。どーしてだろう。殺人を犯しそうな眼でにらみつけられたのに。どーしてその眼を
愛しいと思ってしまうんだろう。

 あぁ、そうか。彼は今にも泣き出しそうなんだ。それを必死にこらえている瞳なんだ。

 僕は神田に覆い被さるように体を重ね、ギュッと抱きしめた。
「オイ、モヤっ…」
「アレンです。いい加減モヤシって呼ばないでくださいよ」
「…」
 神田の顔は見えない。僕の頭は神田の頭の真横にあって、わざと見ないようにしていたから。見てしまったらこの先
自分がどうなるか分からない。
「…イヤだったですよね?ごめんなさい…」
「なっ、今更何…」
「でも、僕が謝ったのは神田の気持ちを考えなかったことで、行為自体に関しては謝る気ありませんから」
「ふざけんな!お前最低だな」
 疲れているはずの神田の体から、僕を押し返す強い力を感じた。抵抗される力に反発するために、僕は腕に一層の力
を込める。
「最低でも良いです。だから今はもう少しこうさせてください。あ、僕見えませんから泣いちゃっても良いですよ?」
「誰が泣くかよ」
 神田はたぶん泣かなかっただろう。怒らせれば泣かないと思ったからわざと怒らせるような言葉を選んだ。でも、怒
って泣いたかもしれない。
 さっきまでの神田の眼を僕は知っている。誰かに向けられたわけではなく、自分がその目を人に向けたことも覚えて
いる。そして向けられた相手の表情も。その人がその後僕をこうして抱きしめたことも。
 イヤな過去ばかり思い出す…
 今になって知ったその人の気持ち。幸と不幸が入り交じった感情で、なぜだか涙か溢れそう…
「オイ、そろそろどけよ。重いんだよ」
 妙におとなしくじっとしていた神田の声が聞こえた。
「そういう口のきき方してるとみんなに嫌われちゃいますよ?」
 くすくす笑いながら言うのはだめだったらしい。僕は力ずくで神田から引きはがされた。
「どけよ」
 神田が起きあがるのと同時に、ドンと突き飛ばされる。
 彼は素早く服を着直し、僕に一瞥もくれず、去っていこうとした。
「あ、明日腰に気をつけてくださいね。結構後に響きますから」
 神田はカッと目を見開いて僕を見た。さっきとは違ういつもの彼の目。
「フン」
 鼻であしらって彼は出て行った。
 僕は彼の流れるような髪がドアの陰に隠れるまで見ていた。
 何だろうこの気持ち。突然心に空白部分ができた感じ。苦しくて気を抜けば倒れ込んでしまいそう。





 あぁ、そうか…僕は神田が好きなんだ…

                             end




 やたら攻め将軍なアレン君でゴメンナサイ…
 完全に私の好みです(笑)
 アレン君は子供だからつい押し倒しちゃうのです☆(←「☆」じゃねぇよ)
 鬼畜な攻めが好きです。痛い愛も好きです。
 まさかこの文章を授業中に携帯で作っていたとは思うまい!!
 まさか、より激しい表現を織り交ぜた別バージョンがあるとは思うまい!!
 そっちは「裏」にあります。
 先生、授業中頭の中ホモホモでゴメンナサイ…
 プロトコルとか超無視でゴメンナサイ…