欲望 〜神田ユウ
嫌な夜だった。
いつものような月といつものような空気。いつもと違ったのは誰も使っていないはずの隣りの部屋から二人の人間の声が
聞こえるということ。
その声が問題だった。
耳を塞いでも聞こえてくる嫌な声。
誰だか知らないのだから気にしなければいいものの、嫌に過剰反応してしまう自分と、一向に止みそうもない卑しい声に
嫌気がさして、俺は安息の地を求めて教団内を練り歩いた。
あんな空間は耐えられない。
ようやく見つけた安息の地は決して安らぎを与えてくれるものではなかったのだと後々後悔する。
「 」
その声だけで誰が来たのか分かったのに、寝起きで自分をコントロールできなかった。いつもなら声なんか出さずにいな
いふりをするのに。嫌なヤツにみつかった。
「神田…?」
薄々だが、コイツには天使のような笑顔の一方で、人をからかって遊ぶのが好きな無邪気な笑みももっていることに、俺
は最近気付いた。この時はまだ無邪気な笑みだと思っていた事が甘かった。
コイツは様子がおかしかった。
俺の目の前に来て、訳わかんねぇこと言いやがる。挙げ句には…
一緒にいるのが嫌で、俺はそこを出た。
からかわれるなんて、まっぴらゴメンだ。あんな恥ずかしい思いをするなんて。
「ま、待ってくださいよ」
歩きだしてからどこにも行く宛がなかったことに気がつく。仕方無い。コイツだけでも振り切ろう。
その考えは浅はかだった。
コイツは意外と執念深い。いつまでたっても付いて来る。
あーウザい。そんな思いが頂点に達した時、俺は自然とコイツを壁に押さえ込んでいた。威嚇しておとなしくさせ、俺は
自分の部屋に戻る。
ドアを開け、デカい音をたててドアを閉め鍵をかける。
アイツはあきらめて帰っただろうか。あれだけ睨み付けたのだから。この部屋にはいたくない。ほとぼりが早く覚めて欲
しい…
ドアに手をついてひたすら都合のいいように時が過ぎるのを待った。
ところがすぐに隣から話し声が聞こえてきた。それに少しヒヤッとする。
そして聞こえてくる甘美な熱を保った声…こんなことに免疫のない自分が嫌だ。
この声を聞いているのが嫌で、避難したのに、再び帰ってくるとは、なんて自分がバカなんだろうと思う。
絶え間なく続くその声に耐えられなくなって急に足に力が入らなくなる。
ドアに激突したせいで、大きな音がした。
すぐにドアの向こうから声がかかる。
「か、神田?どうしたんですか?」
俺の願いは虚しかったようだ。やはり諦めてはいなかったのだ。考えればすぐ分かる事。こんな方法であいつをまけると
思ったことが馬鹿らしい。ちゃっかり静かについて来て、そして確実に隣りの部屋で起こっていることを悟ったはずだ。
ドアの前でしゃべるあいつの言葉がうるさい。しゃがみ込んだ俺の頭に直に降ってきやがる。
最悪だ。今だってその吐き気を覚える声は続いている。俺が立てた大きな音を気にも止めずに。
大体何でよりにもよって俺の隣の部屋なんだ?他にも場所はあるだろう。どうして俺がこんな被害を被らなきゃならない?
もうこの部屋にいる事は耐えられない。
どうするべきか散々悩んだ挙げ句、俺はドアを開けた。そこにあいつがいる事は十分承知だ。俺がどこかに向かえば必ず
ついて来るのだろう。それならばいっそ諦めて連れて行った方がマシ。
腕をグイッと引っ張って向かう場所は再び談話室。
そこで起きる悪夢を知らずに…
本物の悪夢だった。
押さえつけられ、弄ばれ、耐えられないほど屈辱なのに、それを快楽と受け取っている自分がいた。
誰かコイツを止めてくれ。
嫌だ。
何故コイツはこんな事をしている?
何故俺はそれに大人しく付き合っている?
引きずり出される欲望に、体が正直になっている事実。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
やめろ。
見るな。
離せ。
嫌だ。
感じた事のない熱。
異物感。
すべてがあり得ない。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
教え込まれる喜びにのまれないよう、俺は必死だ。
「そんな年でそんなに性欲丸出しで良いのかよ」
言うと同時に向ける軽蔑の眼差し。相手は俺より上から俺を見下ろしている。最悪な体勢。
「神田こそ、その年で女も男も知らないって感じですよね?こんな教団の中で今までよく無事で…」
「悪いかよ!」
コイツの笑顔は俺の神経を逆なでする。
「お前こそ、妙に慣れた手つきしやがって。最悪な子供だったんじゃねぇの?」
「……」
返事がなかった。嫌な沈黙が続く。
「そうだったらどーするんです?あなたは何て言うんです?このまま僕に抱かれるしかないあなたが!」
突然様子の変わったコイツに、俺はどう対処すべきか迷った。その一瞬を突かれた。
抵抗は虚しく崩れる。
「お前一体何がしたい?こんなことに何の意味がある?」
「意味なんてありませんよ。神田があまりにもカワイイから抱きたいと思っただけです。いけませんか?」
自分勝手な答えだ。
「俺の同意がないだろ!なに開き直ってやがんだ!」
「それじゃ聞きますけど、そんなにイヤなら僕を蹴り倒すなりして脱出すればよかったのに、そうしないのはなぜです?僕
を再びここに連れてきたのは?自分だってこうなることを少しぐらい望んでいたんでしょ?」
望んでなんかいない。望んでなんかいない。
それでも、この状況を脱せない自分。
「こうなったことはあなたにも原因があるんですよ。責任とってもらいますね。」
覚えていることはそれぐらい。
はっきり記憶が戻ったときは、体中汗をかき、ベトベトしたモノがまとわりついていた。
不快感。
と同時の開放感と満たされた気持ち。
なぜこんな思いを感じるのか、俺は屈辱を味会わされたはずだ。それなのに…
ただ呆然と天井を見上げていた。体に力が入らない。
このまま死んでしまってもおかしくない失望感があった。
すると、俺をひどい目に遭わせた本人が俺の上に覆い被さってきた。腕に力が入り、優しく抱きしめられたような感じ…
「オイ、モヤっ…」
「アレンです。いい加減モヤシって呼ばないでくださいよ」
今度は何がしたい?
離せ。
「…イヤだったですよね?ごめんなさい…」
「なっ、今更何…」
「でも、僕が謝ったのは神田の気持ちを考えなかったことで、行為自体に関しては謝る気ありませんから」
「ふざけんな!お前最低だな」
抵抗してもコイツは俺より腕力があった。一層力を込めて抱きしめられ、俺は諦める事になる。
「最低でも良いです。だから今はもう少しこうさせてください。あ、僕見えませんから泣いちゃっても良いですよ?」
「誰が泣くかよ」
不思議と目頭が熱くなるのを感じたが、俺はそれを必至に堪えた。誰が泣くか。涙など見せるか。
「オイ、そろそろどけよ。重いんだよ」
しばらく大人しくそのままの体勢を許している自分が不思議だった。いつもならすぐキレて、力の限り抵抗するのに。
「そういう口のきき方してるとみんなに嫌われちゃいますよ?」
くすくす笑いながら耳元でささやかれ、俺の怒りは一気に頂点に達する。
「どけよ!」
突き飛ばして起きあがり、俺は素早く服を着直し、振り返らず去っていこうとした。
「あ、明日腰に気をつけてくださいね。結構後に響きますから」
ふざけた事抜かすな!と言う目でガン飛ばしてやった。テメェでやっておきながら、その軽い言い様は何だ!
「フン」
鼻であしらって俺は出て行った。
だが、部屋を出てすぐ俺の足は止まる。
俺はその場にしゃがみ込んで、溢れる何かを押さえ込むかのように口元に手を添えた。
気分が悪い訳じゃない。ただ無性に苦しさを感じた。
「クソモヤシ…」
そうつぶやいてから俺はまた歩き出す。
もう夜明けが近い。流石に部屋に戻っても大丈夫だろう。
俺は自分の部屋への帰路についた。
嫌な夜だった。
だが、不思議と悔しくも悲しくもなかった。
end
長々と書く事をサボっていた神田サイドのお話です。
お待ち頂いた方には申し訳ないぐらい期待はずれの内容ですね…
ただ単にやられっぱなしの神田を可愛そうに思った私の軽い気持ちから生まれた話なので、
あまり深く考えないでください。(ぇ)
ちょっとだけハッピーエンドにしたかったんです。
私の話は報われないのが多いですからね〜
屋根裏部屋にある「欲望」を読んでから読んで頂けると意味がすべて通じると思います。
こっちにある「欲望」はエロいところ端折ってあるので。